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僕は高校生になったときに急に学校で話ができなくなった。 どうしてそうなったのか自分でもうまく説明できない。 高校を卒業したあともずっとその後遺症を引きずって生きてきた。 そして、ちょうど4年ぐらい前、古本屋で発達心理学の本を立ち読みしているときに偶然「場面緘黙症」という言葉を見つけた。 それで初めて自分が場面緘黙症だったことを知った。 そのとき自分はすでに30歳を過ぎていた。 あの本に出会わなければいまだに場面緘黙症を知らないかもしれない。 自分のような人間は世の中に自分ぐらいしかいないだろうと思っているかもしれない。 「緘黙」を知ってよかったのかどうか・・・ 今、毎日のように「緘黙」と言う言葉に捕らわれている自分がいる。 緘黙を知ったからと言って、別に状態がよくなったとは思わない。 相変わらず、後遺症を引きずっている。 なぜ、「緘黙」に執着するようになったのかと言えば、自分が30歳を過ぎて初めてそれを知ったことがあまりにも「理不尽」だと思ったからだ。 どうして当事者の自分がそんなときまで知らなかったのだろう。 理由はすぐわかった。 緘黙はあまりにも世の中に知られていないこと、教師やカウンセラーすら緘黙を知らない人がたくさんいること・・・ 一方で、緘黙についてよく知っている人は実はいる。 ちゃんとセラピーを受けて改善している子供もいる。 とくに、海外では場面緘黙症の研究所や保護者団体まである。 僕は日本でも同じように「緘黙症」の知識が広まってほしい。 こういうことはこれまでも何度もブログで書いてきた。 そして、元当事者の自分が何かできないだろうかと考えてきた・・・ けれども、今は自分の「無力さ」に喘いでいる。 いろいろ考えても素人の自分一人では何をすることもできない。 教育学の勉強をしたわけでもない、心理学の勉強をしたわけでもない・・・ 無学の素人だ。 こんな自分に何ができるのだろうか。 下唇をかんで悔しい思いを残すだけでは終わらせたくない。 なにか自分にも元当事者としてできることがあるはず。 いつかブログを飛び出して、なにかを実行したい。 その準備をするためにこのブログを綴っているつもりだ。 にほんブログ村 特別支援教育 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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こんばんは。 |
ふわり 2006/03/14 00:44 |
ふわりさん、こんばんは。 |
弥生桜 2006/03/14 21:12 |
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