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ブログ名
ほんとうは暖かい光が好き 〜場面緘黙症との闘い
ブログ紹介
名前: 弥生桜
性別: 男   関西在住

高校に入学してまもなく場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)となり卒業まで無言、無表情で過ごす。
それからの人生はその後遺症との闘い。


場面緘黙症は一般にほとんど知られていません。
教師や心理の専門家の間でも理解している人が少ないのが現状です。
このブログは場面緘黙症について世の中に広く知ってもらいたいために始めました。

このブログを綴りながら温めた構想を実行に移すため、2006年8月に、緘黙症の元当事者と緘黙児の保護者たち数名が集まってボランティア団体「日本へ最新の緘黙症治療法をもたらす会(かんもくの会)」を結成しました。
緘黙症を巡る諸問題を社会へ訴える活動を行っています。

緘黙とは...
場面緘黙の子どもたちはある特定の場面で口をききません。
一般的に家では安心して話しますが、学校では自由に話すことができないのです。
子どもの場面緘黙は、「話すことへの恐怖に何とか対処しようとする必死の試みなのだ」というのが多くの専門家たちの見方です。
緘黙児は話したいのかもしれませんが、恐怖への反応がそうはさせないのです。
緘黙児が話さないことを自ら選択していると考えるのは不当だと思います。
( 「『場面緘黙児への支援 −学校で話せない子を助けるために−』 A. McHolm, C. Cunningham, M. Vanier/共著 河井英子・吉原桂子/共訳 田研出版」 より引用・構成)
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今日から代表に復帰

2008/07/01 22:33
今日からかんもくの会の代表に復帰しました。

実質的には、3月の代表交代前と交代後から昨日まで、それから代表に復任した今日からと、やっていることはほとんど変わりありません。

けれども、「代表」を改めて名乗りなおすことの重圧を今ずっしりと感じています。

たくさんの人たちの助けを借りなければ私たちの目的を実現することはできません。

自分は緘黙症が始まって以来、ふつうに人と関わることができなくなり、汚いものを見るような目を避けるようにして生きてきたと思います。

最近、活動を通じて己の身の程がわかってくるにつれ、自分の無能力さに苛まれてしまいます。

私ができることはあまりにも少ない。

どうか力を貸してください。
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代表に復帰します

2008/06/27 09:10
私は一昨年、会員二人でかんもくの会を結成して、インターネットにホームページを開設しました。

そのときから代表を務めてきましたが、実務だけに専従したいと思うようになり、今年3月1日に代表を他の会員に交代してもらいました。

しかし、実際は仕事に忙殺されて活動に専念することが難しい新代表の状況や今後のことを検討した結果、やはり自分が代表を名乗って活動を進めなければならないと考え直しました。

そして、事情を会員に話し、代表に復任させてもらうことになりました。

7月1日付けで代表に復任します。

活動を興したときの初心を忘れず、場面緘黙症と全緘黙症を巡る問題を全面解決するまで代表の責任を全うする所存ですのでよろしくお願いします。

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かんもくの会の名古屋集会

2008/06/17 21:56
6月14日に名古屋でかんもくの会の集まりを開きました。
3月30日に東京で集まりを開いたのに続いて、関西以外の地域での集まりは二回目でした。

保護者会員と当事者会員と合わせて6人の方とお会いすることができました。

名古屋には車で行きました。
私の自宅から3時間足らずで行けるので日帰りで十分集まりを開けます。

インターネットではどうしてもコミュニケーションの手段が限られるので、掲示板などによく書き込んでもらう特定のメンバーの状況しかわかりにくくなります。
だから、今回の集まりも東京のときと同じようにとてもよかったです。

遠方の会員の方々にじかに会える機会をこれからも積極的に作りたいです。

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いつもと違う夢

2008/06/01 03:29
前に何度か、学校で孤立していていつまでたっても卒業できなくて苦しんでいる夢をしょっちゅう見ることを書いた。

昨日もまた学校の夢を見た。

でも、独りでさまよっているようないつもの夢とは違った。


昨日は夢の中で、自分が話をしないと思われている人に、

「俺、ほんとはちゃんと喋れるねん」

とはっきり言った。

相手は誰とはよくわからないが、初めて自分から勇気を出して話しかけた学校の夢だった。


もしかして自分はもうすぐ学校を卒業する夢を見られるのかな。
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緘黙症シンポジウムの申し込みを完了しました

2008/05/13 01:28
昨日、今年の日本特殊教育学会第46回大会緘黙症シンポジウムを開催するための申し込みを完了しました。

去年は大会準備委員会企画シンポジウムという特別の待遇を受けてシンポジウムが実現しました。

今年は自分たちで申し込んで行う自主シンポジウムなので、申し込んでから開催を認められるのを待つ必要があります。

でも認められないことはまずないと思うので開催決定です!

緘黙症シンポジウムは大会期間の9月19〜21日のいずれかの日に割り当てられます。
開催日時の詳細が通知されたらまた報告します。

去年のシンポジウムでは、緘黙児の保護者、学校の教師、そして緘黙症の当事者がそれぞれの体験を語り、緘黙症の問題解決のための研究を推進してもらうことを訴えました。

今年からはいよいよ具体的な緘黙症支援の取り組みの報告を行います。

大人になっても深刻な影響を残す緘黙症の現実を知っていただき、緘黙症克服の取り組みに教育関係者や心理臨床の専門家の方々が積極的に支援の手をさしのべていただける願いを込めてシンポジウムを行います。
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かんもくの会一般公開サイトの引越し完了

2008/05/01 13:18
予定通り今日5月1日、かんもくの会の一般公開サイトの引越しを完了しました。

URLアドレスが変わったので、旧サイトをブログなどでリンクしてくださっている方や、ブックマークしてくださっている方は、新しいアドレスへ変更をお願いします。

新しいアドレスは http://asmjapan.org/ です。

これからもどうぞよろしくお願いします。
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かんもくの会一般公開サイトの引越し

2008/04/24 21:36
1週間後の5月1日にかんもくの会の一般公開サイトの引越しをします。

一般公開サイトは一昨年2006年8月13日に私の実家の契約しているプロバイダのサービスを利用して開設しました。
それと同時に会員の募集を始めました。
趣旨に賛同して入会してくれる人が現れるのかな?とまったく未知の出発でした。

それから2年近くたちました。
幸い会員も増え、緘黙症の問題を解決するための活動を今後も継続していく自信を得ました。

そこで先日、かんもくの会の独自ドメインを取得しました。
そして、制限の多い実家のプロバイダからもっと容量が大きくていろいろな機能を使えるレンタルサーバーにサイトをまるごと引越しさせます。

URLアドレスが変わるので、かんもくの会のサイトをブックマークしてくださっている方やブログなどからリンクしてくださっている方はアドレスの変更をお願いします。

新しいアドレスは http://asmjapan.org/ です。

引越し先ではさらに内容を充実させる予定です。
これからもよろしくお願いします。
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いつになったら学校を卒業できる?

2008/04/23 11:52
去年、よく見る夢のことを記事に書いた。
いつまでたっても学校を卒業できなくて喘いでいる夢ばかりみること。

最近でもときどき見る。

夕べもまた見た。

夢の中で学生時代の知り合いにばったり出会った。
付き合いなんてなかったのでどうして彼が出てきたのかよくわからないが。

人ごみの中で彼を見つけて「お前、○○やろ?」と声をかけた。
彼はなんとなくしょぼくれた風采をしていた。(実際の彼はある分野で大有名人になって活躍している)

彼ははじめ怪訝そうな顔をしていたが、私のことを思い出したようだった。

そして、私は情けない声で彼に言った。

「俺、まだ学生やってんねん〜」


うん、まあそれだけのことだが、無意識の中ではどうしても私は学校を卒業できないらしい。
なんでなんやろうね。
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特殊教育学会年次大会での緘黙症シンポジウム開催決定!

2008/04/18 16:10
昨年に続き、今年も日本特殊教育学会の年次大会緘黙症シンポジウムを開催することが決定しました。

今月はじめごろまでにシンポジウムの趣旨や話題提供の概要をだいたい固めていましたが、それにふさわしいシンポジストが全員確定しました。

おかげさまで今年は2年目としてとてもよい趣旨でシンポジウムを開催することができそうです。

特殊教育学会の大会では一般の方も一日臨時会員として当日参加費3千円を支払えばシンポジウムへご来場いただけます。

9月に向けて鋭意準備を進めます。
今年もがんばります。
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努力

2008/04/10 05:59
どんなに努力をしていても、一度の過ちによって信頼は一瞬に崩れ去り、生涯軽蔑の対象となる。
努力の価値は認められず、汚物を避けるように冷ややかに人は去る。

反省を認めてもらえなくても・・・侮蔑の対象の人物のままであっても・・・それでも努力を続けていくしかない。

すみませんでした。
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今年の緘黙症シンポジウム

2008/04/09 13:27
昨年、かんもくの会は日本特殊教育学会第45回大会(2007年9月24日)と日本行動療法学会第33回大会(2007年12月2日)において緘黙症シンポジウムを開催しました。

今年度も両学会の年次大会でシンポジウムを開催する方向で検討してきた結果、趣旨や話題提供の概要がだいたい固まりました。

今年の特殊教育学会年次大会は、9月19日(金)〜21日(日)に鳥取県米子市の米子コンベンションセンターで開催されます。
行動療法学会年次大会は、11月1日(土)〜3日(月祝)に東京の日本教育会館で開催されます。

緘黙症シンポジウムは期間中のいずれかの日に開催します。
日時などの詳細が決定するのは数ヵ月後と思われます。
決定次第、このブログや会のホームページ上でお知らせします。

今年も内容の濃いシンポジウムにしたいと思います。
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明日はかんもくの会の初の東京集会

2008/03/29 17:18
明日30日上京して、初めて東京でかんもくの会の会員の集まりを催します。

かんもくの会の結成以来、会員の集会をときどき開いてきましたが、これまでは全部関西でした。
それでもわざわざ遠方から来てくださる会員さんもいました。

関西外で集まりを開くことは念願でした。

今年はあと数回上京する機会がある見込みです。
また、名古屋と九州でも集会をする予定です。

遠方の会員さんたちと会えることが楽しみです。
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かんもくの会の新代表

2008/03/28 23:33
私は3月1日にかんもくの会の代表を退任しました。

ネット上に氏名を出すことは危険を伴うので、当初、新代表のプロフィールではニックネームだけを公表していました。

しかし、代表が匿名では会の顔が見えないと考え直し、今日から氏名も公表しました。

その後のことはちょっと恥ずかしいから、かんもくの会のホームページに行ってご覧になってください・・・

これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
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場面緘黙Q&A届きました

2008/03/20 23:58
3月15日にかんもくネットさんの制作された『場面緘黙Q&A(学苑社)』が発売されました。

発売当日に早速注文して今日届きました。
さっき開封して見始めたところですが、第一印象は「すごい作品だ」でした。
これから読ませてもらいます。

こうして緘黙関連の書籍が増えて、せめて書店の書棚一段分を緘黙の本で埋めるぐらいになることを願っています。
ジュンク堂なんかに行くと自閉症関連の本だけで書棚二つ分、その他の軽度発達障害関連の書籍だけで書棚一つ分も席巻してますから悔しいです。

これで緘黙症を社会に知ってもらう運動がさらに盛り上がることを期待しています。

私たちも頑張らねば。
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かんもくの会代表の交代

2008/03/13 13:50
忙しくてブログの方が間が空きました。
2月から3月はじめにかけて、来年度に始めるプロジェクトの準備にかかりっきりでした。

私は3月1日に代表を退任し、会のまとめ役を後任の新代表に託しました。
自分は後方に回り、実務に専念させてもらいます。

かんもくの会では、2月に専門部門を発足してから会員たちの自発的活動が非常に活発になっています。

とくに「保護者会発足準備会」では3月9日にはじめての会合を開催しました。
今までの活動はだいたい私が提案してお手伝いをしてもらっていた形ですが、9日の会合は保護者会員の方々から発案され、私はそれに招かれたような感じでした。

私はこれからは自分にできる後方支援に専念して、会員の皆さんのお手伝いをする立場でありたいと思います。
主役は会員の皆さん一人一人なのですから。
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緘黙症当事者会研究会

2008/02/28 01:18
この度、会内に発足させた各部門のうち私が最も重要視しているのは、実は「当事者会研究会」です。

当事者会と一口に言っても、いろいろな形態が考えられます。
この研究会は、緘黙症ではどんな形態の当事者会が望まれるのかということを話し合ったりします。
現時点では必ずしも当事者会を発足させることを目指すものではありません。

ふつう、当事者会は自助会、互助会のような形態のものが多いと思います。
緘黙症でもそのような集まりが役に立つ可能性があります。

けれども、私が最も注目している緘黙症当事者会の役割は、「社会に緘黙症の現実を教えること」です。

このことに関して、2月4日に記事を書きました。

私自身の反省をこめてこの記事を書きました。

しかし、保護者や教師の方々は、当事者は最初に私が感じていたような感じ方をしているのだということもご理解ください。(誰でもそうとは限りませんが)
また、理屈で理解しても私の中からわだかまりが消え去ったわけではありません。

かんもくの会では緘黙症の特徴をよく認識したうえで活動の方針を考えるように心がけたいと思います。
研究者が一番悪い、行政が緘黙症対策をほったらかしにしているのはけしからん、というこれまでの私の思い込みを活動の原動力にしていては、方向を間違うかもしれません。

海外でも保護者たちが自発的に集まって運動を起こしているというよりは、研究者が支援方法の普及に務めていて、それに保護者団体がくっついてきているという形のようです。

日本では残念ながら1990年頃から緘黙症に注目している研究者が絶えた状態が続いています。

2月4日の記事に寄せられたコメントに対する私のお返事を転載します。

**********************************************************
日本の学術界に緘黙症に注目している研究者が存在しない以上、緘黙症の問題を社会に広く認識してもらうには、当事者が声を上げる以外に方法はないと考えて私は活動しています。

当事者が現実を教えなければ、いつまでたっても同じ状況が続くでしょう。

でも、緘黙症の経験者なら誰でも進んでその役を引き受けるべきだなどとは思っていません。
ふつう、それができないのが緘黙症の特徴だと思います。
無理に自己開示すると精神を破壊するかもしれません。
私のように年月がたってかなり症状が改善し、経験を伝えようという意志をもった者がすればいいと思います。

私もほんのこの間までは自分をなんとかすることだけでせいいっぱいでした。
**********************************************************

以上のように、私が当事者会研究会で最も模索したいことは、意志を持った当事者の役割のあり方です。

緘黙症という特異な障害では、保護者会、特別支援教育、障害福祉などいずれの活動にも当事者が深く関わる必要があると思います。


もちろん、当事者会研究会では、当事者のための当事者会ってどんなものだろうということも考えます。

当事者といってもいろいろな人がいて、人によって求めるものは違うでしょう。

何年か前の私だったら、当事者の役割なんてどころじゃなく、とにかく胸に溜まりに溜まった思いを吐き出す場がほしかったでしょう。
自分の場合、ブログが結構その役割を果たしてくれたと思います。

また、当事者が集まれば症状を改善する方法をいっしょに見出せるかもしれません。
大人で緘黙症の影響が残っている人は、もしかしたら認知行動療法を受けると改善するかもしれません。
実は私自身が試してみたいと思っています。
大人に対する治療は海外でもたぶん行われていないと思います。

当事者が集まってできるいろんな可能性を考えるのが当事者会研究会です。
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かんもくの会第2フェーズの活動が活発化

2008/02/25 13:03
昨年の翻訳書発行、2回のシンポジウムをクリアし、かんもくの会の活動は第2フェーズに入っています。

この度、会内に「保護者会発足準備会」「行動療法実践研究会」「特別支援教育・障害福祉研究会」「当事者会研究会」、その他の部門を発足させてから、会員の動きが俄かに活発になってきました。

保護者会発足準備会では最初の会合を行う段取りが進行しています。
保護者会員の方々が自発的に集まってきてくださっています。

行動療法実践会では、「場面緘黙児への支援」の実践をいち早く開始して目覚ましい成果を挙げている方を中心に、お互い情報交換したり悩みにアドバイスしたりしています。

行動療法実践会ではある大きなプロジェクトの準備を進めています。
近日中に一般へ向けてスタートさせる予定です。

2008年度はますます忙しくなりそうです。
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当事者の思いと他者の認識の間の乖離

2008/02/19 16:25
2月4日の記事の続きです。
緘黙症の当事者の立場からすると、どうして自分のことをもっとちゃんと考えてくれないんだ!?と不満に思うのは当たり前だと思います。

私は30歳を過ぎて初めて緘黙症という言葉を知り、自分が当事者だったことを知りましたが、今までの辛い人生はいったいなんだったんだ?と腹が立ってしょうがありませんでした。

それで、どうして当事者が自分自身の障害を知らずに苦しみ続けるようなことが起きるのか原因の追究を始めました。

そして、緘黙症に関心をもっている研究者がいない、行政が全く対策を講じていないという2大原因を突き止めて、この人たちに怒りをぶつけるようなことをブログにいっぱい書きました。

けれども、ではなぜ研究者にも行政にも関心を持たれないのか、その源までもっと考えたのは最近のことです。

行動療法学会のシンポジウムが終わった直後に話題提供者の会員たちとお話ししているときに、教師の立場で話題提供をしてくださった方から「犯人探しをしたらあかん」と言われたのがきっかけでした。

その方は教師のお立場で、「問題を知っているのにそれをほったらかしにしているならそれは悪いことだが、目だって悪いことをしたりしない緘黙生徒はふつう問題と思われない」と仰られました。

私はそのときは仰られた意味がよくわからず、「なんでやねん!という怒りが私の活動の原動力です。怒らなくなったら私は活動する動機がなくなります」と言いました。

でも、教師から見える緘黙児童・生徒の姿、そしてなにより保護者団体が存在しないという事実などを考えると、誰も悪い人はいないという結論に達しました。

発達障害、肢体不自由、不登校、引きこもりなどなど子どもの問題を共有するための大小さまざまな保護者の集まりがあります。

そんな中で緘黙症だけ保護者の集まりがないとはどういうことか?

私はブログで何度も自分の両親の態度の冷淡さを訴える記事を書いてきました。
その方向で考えると、緘黙症の子の保護者は特別愛情が足りない人たちばかりなので今まで保護者団体もできなかったという結論になります。

しかし、どんな子どもの保護者も平均すれば皆同じのはずです。

ということは、保護者に問題があるのではありません。

そしてやっと、緘黙症が放置されている理由は「緘黙症そのものの特徴のためである」という認識に到達しました。

緘黙症の苦しみを経験していない人にはなんのこっちゃと思われるかもしれませんが、当事者の私がこのように認知を改めるのはとても難しかったです。

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かんもくの会内の役割分担化

2008/02/10 23:09
かんもくの会の活動の最終目的は、場面緘黙症及び全緘黙症を巡る諸問題を全面的に解決することです。

かんもくの会では、活動を拡大してそれらを円滑に遂行するために、会員による役割の分担化を模索してきました。

その結果、この度、次の部門を会内に発足させました。

●保護者会発足準備会
●緘黙症治療実践研究会
●特別支援教育・福祉研究会
●当事者会研究会


保護者会発足準備会は、緘黙症の保護者会発足を目指して準備を行う役割を担います。

緘黙症治療実践研究会は、行動療法や認知行動療法、その他の療法による緘黙症治療を実践するための互助会的役割を担います。

特別支援教育・福祉研究会は、教育行政及び福祉行政に緘黙症対策を明確化して実行してもらうために必要な知識を勉強します。

当事者会研究会は、緘黙症の当事者会のあり方などを話し合って試行する役割を担います。


いずれも当会の掲げる最終目的を達成するためのお膳立てをするために不可欠の活動です。
各部門は有機的に連携して機能を果たします。

各部門の活動の一部はすでに始まっています。

かんもくの会のホームページにそれぞれの部門のページを開設しました。
それぞれのページで活動状況を報告します。

今までの当会の活動はどちらかというと偉い先生方のご厚意に甘えて実現したものでしたが、これからはいよいよ私たち自身の力で勉強して、自らを助けるとともに社会に対してアクションを起こしていきます。
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場面緘黙症が放置されている責任は誰にあるのか

2008/02/04 02:40
この記事のタイトルの問いに対する答えは、
「場面緘黙症が放置されている責任は誰にもない」
だと思います。

私は場面緘黙症の問題を考え始めてからしばらくは、怒りをぶつける相手を探すという態度でいました。

場面緘黙症の人たちはとても辛い思いをして生きているのに、どうして社会的にこれほど無視されているのか?
「それは、責任を果たそうとせずに怠慢をしている人がいるからに違いない」と思い込んで、その犯人探しに私は躍起になっていたのかもしれません。

けれども、かんもくの会の活動を始めてから、保護者、教師、教育相談員、研究者などいろいろな立場の人たちと知り合って話しをするうちに、緘黙症がほかの障害に比べて極端に認知度が低く放置されているのは誰のせいでもないということがわかってきました。

私の結論を言うと、場面緘黙症が放置されている原因は、
「場面緘黙症とはそういう特徴をもった障害である」
ということに尽きます。

一般的に、場面緘黙症の子たちは、周囲の人たちにあまり迷惑をかけないし、家庭では普通に振舞っている、本人は苦しい毎日を送っているがそれを自分で訴えることがなかなかできない、したがって将来この子はどうなるのかという危機感を周囲の人に感じてもらいにくい。

それを最もよく表しているのが、日本に緘黙症の保護者団体のようなものが存在しないという事実です。

他の障害にはたいてい保護者団体があります。
全国に支部のあるような大規模な保護者団体でも、初めは子どもの行く末を案じる保護者たちが問題を共有して解決しようと自発的に集まって生まれてきたものだと思います。

すると、緘黙症の保護者団体が存在しないということは、最も近くにいる保護者でも子どもの将来を憂える人たちは非常に少ないということを意味しています。

これは、他の障害をもつ子どもの保護者たちに比べて、場面緘黙症の子どもの保護者たちに特別愛情や想像力が欠けているからというわけではありません。

最も近くにいる保護者にさえその深刻さを感じさせないのが、場面緘黙症の大きな特徴であるためです。

たいていの保護者は子どもの将来を楽観視しているでしょう。

おそらく、大人になっても引きこもり続けるなど目に見える形で症状が残存した場合にかぎり、保護者は自分の楽観視が間違いであったことに気づくのではないかと思います。

精神的な辛い後遺症を抱えながらも社会に出られている人や結婚できた女性の保護者は一生子どもたちの本当の姿を知ることはないのではないでしょうか。

誰が悪いわけでもなく、場面緘黙症とはそういう性質を持った障害なのだと思います。
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