反省

私は33歳になるまで場面緘黙症という言葉を知らず、一人でもがいていました。
初めて場面緘黙症を知ったとき、
どうして当事者の自分が今頃知ることになったんだろうと思いました。

学校の先生や、学生の頃通ったカウンセラーや神経科の先生にも
場面緘黙症と言われたことがありません。
数ヶ月前職場のストレスで不眠症になったとき受診した心療内科でも、
場面緘黙症のことを話すと、
「場面緘黙症ってなんですか?どんな漢字を書きますか?」と聞き返されました。

場面緘黙症は500人に一人というまれな例とはいえ、
自閉症の人と同じぐらいの割合でいる。
私は緘黙真っ只中のとき、自閉症と思われていたらしい。

本を読んだりインターネットを通じて、
教師や保護者に場面緘黙症の知識がなく、
学校や家庭で不適切な対応をされて苦しんでいる子どもが
たくさんいることがわかってきました。

せめて教師や心理の専門家の方々には、
自閉症と同じぐらい場面緘黙症について知っていてほしい。

なのに、あまりにも緘黙症に関する情報が少ない。

私は心が歪んだまま大人になってしまいましたが、
自分でも緘黙症を広く知らせるためにできることはないかと考えました。

自分は語学が好きなので、
海外では実際に場面緘黙症の支援団体があって
場面緘黙症を広く知らせる活動をしていることを紹介しようと思いました。
保護者や専門家の方の目にとまり、
日本でも同じようなことができないか考えていただけるかもしれないと思ったからです。

しかし、一昨日書いたように、
素人の私が一方的に見知らぬ相手に知識を提供するという行為に危険を感じてきたので、
インターネット上で公開することはやめます。
緘黙症の支援について書いた記事は一部を除いて削除しました。
支援について考えることをやめるのではなくて、これに関しては別の手段を考えます。

このブログは個人的な楽しみとストレス解消専門に戻します。
支援のことについてはときどき軽く触れたいと思いますので、
ご意見などいただけるとうれしいです。

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