学校制度と緘黙症 2

イントロを書き出したはいいが、最近またダウン気味で思考をなかなか進められない…

これからの話は私が勝手に考えることだから、いわゆる「仮説」の構築だということをお断りしておく。

「緘黙症」の症例はすでに19世紀から外国で報告されていた。
私は、緘黙症という言葉では表現されていなくても、何千年さかのぼっても、緘黙症になり得る気質や性格を持った子どもは現代と変わりない割合で生まれていたと思う。
今と同じく数百人に一人という割合は変わらないだろう。

さて、もともとそういう素質を持って生まれてきた子どもは学校のない時代にはどんなふうな形で症状を顕していたのだろうか。
そこに想像を膨らませる余地が大いにある。

そして、現代の超人工的コミュニティ「学校」が緘黙症になる素質を持った子どもにどのような影響を与えており、昔の子どもとどう違う人生を歩ませることになるのか。

私たちの多くは学校のせいで緘黙症は悪化すると思っていると思う。

しかし、もしかすると逆かもしれない。
学校がある故に緘黙症の重症化が防がれているのかもしれない。

昔の人々と現代の人々との間で統計を取り比較することはできない。

でも、いわゆる開発途上国のように、いまだに就学率が非常に低い国々もある。
それらの国々の人々との比較はできるかもしれない。

その比較から学校制度の緘黙症に対する影響が読めるだろう。

今日は、方法論をひとつ思いついたというところで終わっておく。

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