ほんとうは暖かい光が好き 〜場面緘黙症との闘い

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zoom RSS 緘黙児の代弁者

<<   作成日時 : 2007/12/08 19:20   >>

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先日の行動療法学会でのシンポジウムでは、はじめに場面緘黙経験者の立場で話題提供を予定していた方に代わって私自身が話題提供をしました。

シンポジウムの申し込みをした後に、人の前で過去のことを語ることがとても辛く不安だと本人が訴えてきたので、無理はしてもらわず、共同企画者の先生の了解をとって私に話題提供者を代えてもらいました。

そして、私は初めて人の前で自分の体験を語りました。


緘黙症が軽視されている最大の理由は、緘黙者の抱える苦しみが全くといっていいほど知られていないことだと私は考えています。

「無口で大人しいだけの子」、「大人になったら自然に治る」というような誤解を覆すためには、当事者が話して本当のことを聞かせるしかありません。

けれども、緘黙児は緘黙児でいる間は自分で自分の気持ちをうまく伝えることができません。

一見大人しいだけに見える子が内面にどれほど大きな苦しみや葛藤を抱えているか、そして成長期の間に克服できなければ大なり小なりその後の人生に辛い影響を残すということを認識してもらうには、大人になってある程度状態が改善した私たちのような者が代弁者となって教えるしか方法はないと思い、私はかんもくの会を立ち上げました。


しかし、望んでいたことにもかかわらず、実際に自分が代弁者となって緘黙の体験を語って聞かせると、それはあまり気持ちのいいことではありませんでした。

シンポジウム中は集中しているので淡々と原稿を読み上げるだけでしたが、シンポジウムが終わって帰宅してから、なんともいえないやるせない感情が湧いてきました。


自分で主張してやりだしたことですが、今後も経験者に過去を語らせるような企画はどうかと思いました。


いつもいつも過去のことばかりに目を向けているのは正直言って辛いです。
代表がこんなことを言ってはいけないのかもしれませんが、ときには緘黙症という言葉をしばらく忘れていたいのが本音です。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 そのお話とても良くわかる気がします。 場面緘黙症であった自分の気持ちや心中を、語って聞いて欲しい気持ちと、それをいざ語ったことによりあのいや〜な気持ちが甦ったり、「話をし過ぎたんじゃあないか」という後悔に似た心境になるような……。
 話題提供者が発表をドタキャンされてしまったことも、弥生桜さんがやるせない思いにかられたのも、想像がし易いです。
 そのような気持ちをされてまで、シンポジウムで成果をあげられたことに敬服します。
 今回も本当にお疲れ様でした。
かいわれ
2007/12/11 21:54
かいわれさん、コメントありがとうございます。
やるせない気持ちになったというのは、話をし過ぎたというより、正確に体験を伝えるなら、たった15分程度の時間で語りきれるものではない。自分の辛さはそんなに簡単に説明できるものではない。中途半端な話を聞かせるぐらいならなにも教えないほうがましだという気持ちからだったと思います。

元々登壇を予定していた方が訴えてきたのはシンポジウムの3,4ヶ月ぐらい前のことなので、土壇場でキャンセルしたわけではありませんでした。
去年、シンポジウムの開催が決まった時点ではまだ会員の数が少なくて私自身が話題提供者になる予定にしていました。
しかし、私の場合は高校からの発症なので幼少の頃からの緘黙の経験を語ることができないのであまりよくないなと思っていました。
その後、当事者会員が増えてきたのでその方々に登壇を打診して代わってもらったのです。

過去のことを思い出すというより、未だ現在進行形に近い方なので酷なお願いをして悩ませたことを反省しました。

緘黙症経験者が過去を語るのは一人一回きりでもう十分結構だと思いました。

弥生桜
2007/12/13 20:53
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