ほんとうは暖かい光が好き 〜場面緘黙症との闘い

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zoom RSS 場面緘黙症が放置されている責任は誰にあるのか

<<   作成日時 : 2008/02/04 02:40   >>

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この記事のタイトルの問いに対する答えは、
「場面緘黙症が放置されている責任は誰にもない」
だと思います。

私は場面緘黙症の問題を考え始めてからしばらくは、怒りをぶつける相手を探すという態度でいました。

場面緘黙症の人たちはとても辛い思いをして生きているのに、どうして社会的にこれほど無視されているのか?
「それは、責任を果たそうとせずに怠慢をしている人がいるからに違いない」と思い込んで、その犯人探しに私は躍起になっていたのかもしれません。

けれども、かんもくの会の活動を始めてから、保護者、教師、教育相談員、研究者などいろいろな立場の人たちと知り合って話しをするうちに、緘黙症がほかの障害に比べて極端に認知度が低く放置されているのは誰のせいでもないということがわかってきました。

私の結論を言うと、場面緘黙症が放置されている原因は、
「場面緘黙症とはそういう特徴をもった障害である」
ということに尽きます。

一般的に、場面緘黙症の子たちは、周囲の人たちにあまり迷惑をかけないし、家庭では普通に振舞っている、本人は苦しい毎日を送っているがそれを自分で訴えることがなかなかできない、したがって将来この子はどうなるのかという危機感を周囲の人に感じてもらいにくい。

それを最もよく表しているのが、日本に緘黙症の保護者団体のようなものが存在しないという事実です。

他の障害にはたいてい保護者団体があります。
全国に支部のあるような大規模な保護者団体でも、初めは子どもの行く末を案じる保護者たちが問題を共有して解決しようと自発的に集まって生まれてきたものだと思います。

すると、緘黙症の保護者団体が存在しないということは、最も近くにいる保護者でも子どもの将来を憂える人たちは非常に少ないということを意味しています。

これは、他の障害をもつ子どもの保護者たちに比べて、場面緘黙症の子どもの保護者たちに特別愛情や想像力が欠けているからというわけではありません。

最も近くにいる保護者にさえその深刻さを感じさせないのが、場面緘黙症の大きな特徴であるためです。

たいていの保護者は子どもの将来を楽観視しているでしょう。

おそらく、大人になっても引きこもり続けるなど目に見える形で症状が残存した場合にかぎり、保護者は自分の楽観視が間違いであったことに気づくのではないかと思います。

精神的な辛い後遺症を抱えながらも社会に出られている人や結婚できた女性の保護者は一生子どもたちの本当の姿を知ることはないのではないでしょうか。

誰が悪いわけでもなく、場面緘黙症とはそういう性質を持った障害なのだと思います。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。
時々 拝見させて頂いております。

そうなのですね。
緘黙症の特徴・・なのですね。
私自身 一番近くにいる母親なのに
娘が不登校になり三年を経て
やっと緘黙症というキーワードに
たどり着きました。
もしも、娘が未だに普通に高校生をやっていたら・・・私はまだ緘黙症にたどり着くこともなく 娘との距離感は縮まらなかったに違いありません。

将来への不安、今現在の娘の不安など考えない日はありません。
母親としてできる事は
少しでも娘が安堵感をもてるように
見守るしかないのか・・と
悔しさのような、焦りのような複雑な気持ちです。
また、周囲の理解もなかなか得ることも出来ず 孤立感さえも味わいます。
と共に 確かに誰にぶつけたら良いのかわからない怒り、憤りも感じるのです。

どうか少しでも世間に緘黙のことが理解される日が来ますように・・・
偏見ではなく正しく理解されますように・・・と
緘黙に苦しむ娘を見ていて切に願います。

小春
2008/02/06 00:01
小春さん、はじめまして。
コメントをありがとうございます。

親として辛い思いをされているのですね。小春さんのような保護者の方々もおられることはよく知っています。
けれども、少ないのですね。

私たちは世間に緘黙症のことが理解されるように努力します。
特別支援教育と終生にわたる緘黙症支援体制を実現させることが私たちの最終的な目標の一つです。
そこへ到達するまで10年から20年はかかると見込んでいますが必ずやり遂げる所存です。
これからもよろしくお願いします。

弥生桜
2008/02/07 03:09
お返事ありがとうございます。

緘黙で辿っていると
弥生桜さんを別のところでも
拝見します。

娘にも
いつか・・・当事者にしか分からない感情や苦しみが
他の誰かの役に立つ日が来るよ。と
話しています。







小春
2008/02/07 23:28
日本の学術界に緘黙症に注目している研究者が存在しない以上、緘黙症の問題を社会に広く認識してもらうには、当事者が声を上げる以外に方法はないと考えて私は活動しています。
当事者が現実を教えなければ、いつまでたっても同じ状況が続くでしょう。

でも、緘黙症の経験者なら誰でも進んでその役を引き受けるべきだなどとは思っていません。
ふつう、それができないのが緘黙症の特徴だと思います。
無理にすると精神を破壊する危険もあるでしょう。

私のように年月がたってかなり症状が改善し、経験を伝えようという意志をもった者がすればいいと思います。

私もほんのこの間までは自分をなんとかすることだけでせいいっぱいでした。
弥生桜
2008/02/11 19:46
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