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11月27日にかんもくの会の関東集会を開きました。 今回は私の都合で異例の平日の開催だったため、ほとんど勤めていらっしゃる当事者会員の方々は参加できず、私以外の参加者は全員保護者会員でした。 保護者の方々と直接お会いしてお話しをすると、お子さんを心配される気持ちがひしひしと伝わってきます。 なんとかできないものだろうかと必死に考えていらっしゃいます。 しかし、残念ながら緘黙症については有効な支援を受けるための社会資源が他の障害に比べて圧倒的に乏しいのが現状です。 私もお話を聞くことしかできず、なんの支援能力も持たないわが身の無力感をまた味わいました。 保護者会員の方々とお会いしていつも感じることがもう一つあります。 この方々は自分の親とどうしてこんなに違うんだ?ということです。 自分の親だけでなく、私の知る限り、緘黙症の当事者たちの多くは口をそろえて「親にはなにもしてもらえなかった」と言います。 これはすでに結論を出していることですが、緘黙症は最も近くにいる家族にその深刻さを気づいてもらえない特性をもった障害です。(障害とはあまり言いたくありませんが) かんもくの会の保護者会員の方々だけと接しているとそんな気がしなくなってくるのですが、現実はほとんどの子どもたちはあまり心配してもらえずに放置されていると思います。 緘黙症の当人はどうしてこの苦痛に気づいてくれないのかと親を恨んだりします。 しかし、その苦痛が周囲から見えないのが緘黙症の特性であって、他の障害と最も異なる性質の一つだと思います。 したがって、数ある障害の中でもおそらく従来、保護者団体が存在しなかったのは緘黙症ぐらいではないかと思われます。 しかし、少数派であるとはいえ、子どもの異常を直視し支援を求めて奔走している保護者はいらっしゃる。 そういう人たちは、当事者と同じように、今までお互いの存在を知ることができなかった。 ごく最近になってインターネットが普及したおかげで保護者たちがお互いの存在を知り悩みを共有できるようになった。 保護者の思いは社会を動かす最も強大な力になります。 それは他の障害の例を見ればわかることです。 保護者の方々とお会いすると、緘黙症の問題は必ず解決できると確信できます。 |
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