ほんとうは暖かい光が好き 〜場面緘黙症との闘い

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help リーダーに追加 RSS 元緘黙児の気持ち

<<   作成日時 : 2006/07/18 22:37   >>

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今日は元緘黙児の気持ちについて一つ学んだことがあった。

僕が小学3年生から6年生まで同級生だった女の子で、A子ちゃんという子がいた。

初めて同級生になった頃、そのA子ちゃんは学校でいっさい口を聞かず、顔はいつも能面のように無表情で笑ったところを見たことがなかった。
小学生の頃は元気いっぱいだった僕は、変わった子やなあと思っていた。

ところが、たしか3年生の途中ぐらいから、A子ちゃんは少しずつ話をするようになり始め、4年生の頃はもう普通にお話しするようになっていた。

今、思うと、3年生のはじめごろのA子ちゃんは場面緘黙児であったに違いない。
でも、仲よくしてくれる友達ができたりしたおかげで自然に場面緘黙の症状が消えていったのだろう。

僕はそのA子ちゃんのことを思い出し、当時の担任のB先生にどのようにA子ちゃんを指導されたのかお聞きしたいと思った。
そして、B先生に連絡を取り、その旨を伝えた。
B先生とお話しするのは30年近くぶりのことだった。

そしてB先生に日時を指定してもらい、近くお会いすることになった。

お会いできることが決まってから、僕は「そうだ、せっかくだから当人のA子ちゃんにも来てもらって当事者として当時どんな気持ちでいたかを聞いてみよう。」と思いついた。

それで、卒業アルバムの名簿を見て彼女の実家に電話をした。

A子ちゃんはすでに結婚して実家にはおらず、A子ちゃんのお母さんに自分の目的をお話しして、A子ちゃんに伝えてもらうようにお願いした。
そして、もしA子ちゃんが同意してくれたら、僕かB先生へ電話で連絡してもらうように伝えてもらうようお願いした。

A子ちゃんのお母さんの話によると、A子ちゃんはやはり小学校に入学したときから家では話をするのに学校では話をできない子だったそうだ。
それで、2年生のときの担任のC先生が非常に熱心にA子ちゃんに関わってくださったそうだ。

それを聞き、僕はC先生のお話しも聞きたいと思い、C先生の消息を尋ねるため、市の教育委員会に電話した。
しかし、C先生の消息を知りたい理由を話すと、それでは調べてあげることはできないと言われてしまった。
なぜなら、教師には自分の関わった子供たちの情報を守秘する義務があり、A子ちゃんの指導について聞き出すことは守秘義務に違反することだからだった。
僕は納得したのでC先生の消息を調べてもらうことは諦めた。

と同時に、B先生にA子ちゃんの指導をお聞きするのも守秘義務違反になることに気づいた。
それをB先生にお伝えして、もしA子ちゃんが来てくれるなら、A子ちゃんの当時のお話しだけ聞いて、そしてあとは昔の思い出話でもして楽しもうということにした。

A子ちゃんも懐かしいB先生に会えるので喜んでお話ししに来てくれるだろうと僕はほとんど疑いなく期待していた。

ところが、僕は自分がたいへん大きな誤解をしている事実をたたきつけられることになった。

今日、A子ちゃんのお母さんから連絡があった。
A子ちゃんのお母さんはちゃんと僕からの用件を彼女に伝えてくれたそうだ。
それに対して、A子ちゃんはこう答えたそうだ。

「私はそんな小さなときのことはすっかり忘れている。
今は主婦として平々凡々な幸せな毎日を送っている。
だから、昔のいやな思い出をわざわざ蒸し返したくない。
そんなことを話すために、B先生とあんまり覚えてない弥生桜君なんかに会いたくない。」


このようにあからさまに不愉快な気持ちを表して断られた。
僕はすっかり自分が勘違いをしていたことに気がついた。

子供の頃に完全に場面緘黙症が治癒した人は、自分のつらかった記憶など日常の中で全く思い出さないのだ。

僕みたいに、こうやってわざわざブログで「自分は緘黙やったんや〜!」と叫んでいる人は、緘黙を完全に克服することができず、いまだに影響を引きずってることを自覚している人たちなのだろう。

でも、緘黙を克服したと言ってる人でもブログなどで体験記を綴っている人もいる。
そういう人は、克服はしたものの、実は今でもちょっと影響が残っていると感じている人たちなのだろう。

ところが、本当に完全に治癒した元緘黙児という人々は、そんな苦しかったときのことなど全く意識することなくふつうに生活している。
そしてあの頃のことを聞こうとすると、なんでわざわざそんなこと思い出させようとするんだと怒る。
つまり、元緘黙児自身が場面緘黙を問題視していないのだ。

僕はここに場面緘黙が世の中で認知されていない理由の一つがあると思った。

完全に緘黙が治った人は、緘黙について思い出して話す気持ちなどない。

逆に、緘黙を完全に克服してないか、いまだに緘黙のままの人の多くは、やはり自分のことを表に現すのを恐れるから、「自分は緘黙です」なんて言わない。
または、「場面緘黙」という言葉を知らず、いつまでも一人で喘いでいる。

僕のようにブログやHPで「自分は緘黙児だった」と表明している人は、元緘黙児の中でも変り者の部類の人間なのだろうか?

ほとんどの元緘黙児は、治った元緘黙児も、治りきらなかった元緘黙児も、どちらもそれについて黙する。

したがって、現緘黙児の気持ちの代弁者はほとんど存在せず、世の中に場面緘黙児の存在は認知されない。

だから、変り者の僕らがそこへ楔を打ち込むのだ。



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コメント(46件)

内 容 ニックネーム/日時
未だに引きずってる変わり者がココに(笑)。冗談はともかく、私はブログの世界だから正直な気持ちを綴れる。学校で喋れなかった自分に蓋をして鍵をかけて生きてきたけど、ネットで「緘黙」というピッタリの鍵を見つけたから思い出広げてブログに綴ろうと思えたのです。

A子さんの気持ち、分からなくも無いです。
今回の弥生桜さんのように当時の私を覚えていて、どんな理由であれ、昔の話を聞きたいと直接電話が掛かってきても、私は会えないし、会いたいとも思えません。現実の世界で「私は緘黙児でした〜」とはさすがに言えないんです・・・。

私も緘黙だった・・・というか、自分が学校でしゃべれなかったという事をすっかり忘れて過ごしていた時期もありました。結婚する前の数年間だけどね。今のA子さんはきっと幸せな生活を送っていらっしゃるのでしょう。

それにしても弥生桜さん、行動的ですばらしいです。これからの研究、応援してます!私もそれなりに頑張ります(笑)。長いコメント、スミマセン。
野ウサギ。
URL
2006/07/19 10:29
野ウサギさん。はA子ちゃんの気持ちがわかりますか。僕はさっぱり予想できてなかったんですよね。

今日、ご実家に電話して「A子ちゃんの心中も察せず勝手なお願いをして申し訳ありませんでした」と伝えてくださいと謝りました。

ところで、僕の計画していることはこれだけではありません。
もしよければ僕が勝手に作った会の会員になってくれませんか? その場合、お互いの素性と連絡先を明らかにする必要がありますが… 今のところ会員2名と寂しいので。今のところ会員にほとんど負担はありません。
ご関心をもたれたら貴方のブログへシークレットコメントで会の目的と僕のメールアドレスをお教えします。
ご検討よろしくお願いします。
弥生桜
2006/07/19 16:17
僕も野ウサギさんに同意ですね。
A子さんの気持ちわかります。
僕もネットだから緘黙だと言えるんであって
リアルでは言えないですね。
A子さんは思い出したくないから記憶から無意識に削除してる
もしくは意識して思い出さないように
しているのかもしれません。
これはひとそれぞれ緘黙でもどれくらいの期間とか
どれくらい苦しんだとかいろいろ違うし
考え方も人によって違うんだと思います。
辛い記憶を 飲み込む(記憶の奥に封印する)か
吐き出す(HPやブログに書く)か
の違いなんだと思います。
俊太
URL
2006/07/19 21:47
こんばんは。
私の友達にも小学生のとき緘黙だったという人がいます。
彼女は転校をきっかけに改善したらしいのだけど、集団行動が苦痛以外の何物でもなかったとか、友達なんて一人もいなかったとか緘黙時代のことを色々話してくれました。
当時のことを全然知らない人になら話せるのかもしれませんね。
すごく社交的に見える人なので想像できなかったのだけど、無理してそう振舞っているだけだと言っていました。
最近、うちの娘は小学校の時の辛かったことや恥ずかしかったことがフラッシュバックするらしく、頭抱えてうなっているときがよくあるんです。
今のうちに楽しい記憶をたくさん作ってやらないといけないなーと思っています。

ところで、掲示板のレスです(^^;
別室登校は、集団(教室)に入れない娘のために担任が空き教室でマンツーマンで勉強を教えてくれているのです。週2時間ですけどね。
たまに不意打ちくらって、しゃべっちゃうこともあるみたいです。
症状は軽いのでそのうちなんとかなるかな〜なんて。
あまいですか?
cumin
2006/07/19 23:02
俊太さんへ
僕も今回のことでいい勉強ができました。
僕は自分を基準に考えてしまっていたんですね。
僕自身は今いろいろな知人にカミングアウトしているから、緘黙の体験を話すことに抵抗はないんですよ。
でも確かに自分がまだ緘黙という言葉を知らなかった頃は、高校生の3年間の記憶を全く封印していたときがありました。
同じ人でもよく思い出すこともあるし、記憶から消しているときもあるんですね。
今、記憶を封印して幸せに暮らしている人に対してそれをこじ開けようとしてはいけませんね。
弥生桜
2006/07/20 00:48
私がA子ちゃんだったら・・・緘黙当時の自分を知っている人、しかも同級生にはやっぱり会いたくないですね。たまに同窓会のお知らせがあるけれど、たくさんの同級生に会うことを考えると身震いがします(笑)

自分のことを特定されないネットの世界だからこそ、自分の体験談としてブログに色々と書けるんですよね。私もリアルでは「緘黙だった」とは言えてないです。何度も言いたい気持ちにはなりましたが。

緘黙体験をブログに書いている人は、やっぱり今でも生き辛さを感じている人達なのかもしれませんね。
るい
URL
2006/07/20 08:09
弥生桜さん、いろんな人にカミングアウトしてるんですね。それはそれで大きな一歩ですよね。私はたぶん一生無理のような・・・涙。

ところで弥生桜さんの会・・・ちょっと興味アリですが、お話を伺ってから判断して良いのなら野ウサギ。ブログへお願いします。
野ウサギ。
URL
2006/07/20 09:11
cuminさんへ
その方はcuminさんのお子さんの緘黙を知っているからアドバイスのつもりであえてお話ししてくれたんじゃないでしょうか。それともcuminさんの他の人にもいつもそんな調子で緘黙の体験を話してるんでしょうか。

お嬢さんの心の傷は想像を絶するほど深いのですね。学校の先生方と協力して少しずつ少しずつお嬢さんに働きかけてあげてもらいたいです。

別室登校とはそういうものですか。
ときどき喋ってしまうということは、お嬢さんの心はもうかなりほどけて話し出す一歩手前だと思います。
でも、だからと言っていきなり通常の学級に戻したりということはせずに、少しずつ、「会話のはしご」を登るように変化させていくことが肝要だと思います。そうすればお嬢さんはきっと自由に話せるときが来ますよ。
弥生桜
2006/07/20 09:38
るいさんへ
そうですね、自分のことを特定されないネットの世界だからこうして自分の体験や思いをかけるんですよね。
よく考えたら僕もそうですね。
でなきゃ、弥生桜なんてHN使わずに本名を名乗ってメールアドレスなども載せますもんね。
やっぱり、僕も誰彼かまわずカミングアウトしてるわけではないです。よっぽど気心知れた知人たちにだけカミングアウトしてるだけかもしれません。
それでも、ずいぶん心境が変わりましたよ。いつも彼らに秘密を隠して接しているような気がしていましたから。

ところで、るいさん、コメント到着の通知メールではるいさんのもう一つのコメントがありましたが、どういうわけだか、このコメント欄に出ていません。不思議です。ブログの管理者のほうに問い合わせてみます。
そちらの方のことですが、招待状はあなたのブログのメールフォームからは送れません。あなたのメールアドレスを教えてもらわないといけません。とりあえずメールフォームからメールを送りますのでそれに返信してください。
弥生桜
2006/07/20 09:53
野ウサギ。さんへ
るいさんへのコメントバックにも書いたように、僕も誰彼かまわずカミングアウトしているわけじゃないです。
野ウサギ。さんはご主人さんには緘黙症だったことをお話ししているんですか?

会の話に興味をもっていただけたようなのでそちらのブログに非公開コメントで説明します。少々お待ちください。
弥生桜
2006/07/20 10:17
私も、まだ少し緘黙を引き摺っている一人です。
色々沢山あったつらい記憶を封印していたのですが、ネットに出会って、吐き出してしまおう・・と思ったのです。
一度、封印していたので記憶もぼんやり、ウル覚えの事も多いのですが。(^^ゞ
でもやはり、ネットだから「緘黙」を話題に出来る(た)と感じています。
リアルでは無理でしょうね・・。

ちなみに、私は主人はじめ、今の家族には「緘黙症だったこと」は内緒です。・・実は当の子ども達にも(^_^;)ゞ
pisu
URL
2006/07/20 14:11
>弥生桜さん

もう一つのコメントの方ですが・・・コメントボタンを押したところ、「只今メンテナンス中です」という画面が出たので、投稿をあきらめた分だと思います。メンテナンス中でもコメントの通知はいっちゃうんですね。お手数おかけしてスミマセン(^^;

それから、メールの方もありがとうございます。後ほど返信させていただきますね。
るい
2006/07/20 15:18
インターネットの登場は緘黙経験者には大きなツールとなったのですねぇ。
しかもブログの流行によって手軽に自分のサイトをもてるようになった。
インターネットのない時代は自分以外の緘黙経験者と知り合うなどほとんど不可能だったでしょう。
テクノロジー万歳です。

pisuさんは今はもう緘黙の影響がほとんどなくて自由に生活してらっしゃるようですね。
僕は自分がそんな体験をしたことは夫婦同士では話すものだとばかり思っていました。だからちょっと驚きです。あ、お気を悪くされたらすみません。

mixiいじってますが、まだ楽しみ方がよくわかっていません。
弥生桜
2006/07/20 19:50
るいさんへ

「ただいまメンテナンス中」?
本当ですか。なぜだろう。
管理者にまた文句言ってやるか。

ところで、うまく登録できましたか?
弥生桜
2006/07/20 19:54
今回の内容も多くのコメントも大反響で、弥生桜さんのご活躍振りに感動しました。
「元〜」だったと堂々とカミングアウトするのと
しない場合の、その人に対する影響や責任は、当事者でも支援者でも念頭においておく必要があると改めて自戒しました。
というのは、ジャーナル関係も含めて現実の世界で辛酸舐めて体験済みだからです。
緘黙じゃなくてもやはり現実は危険と背中合わせ
であることを覚悟することは大切です。
(だから、じれったいんですけど…)

今、「ストレスと免疫」についてのレポートを
書くのに参考にさせてもらおうとブログを拝見しました。日本の名医ベスト20に紹介されたことがあるとご自身は仰っていましたが、ご専門は内臓外科なので、「緘黙」ことをご存知かどうかお楽しみです。私は引き続き単独口コミ行動をマイペースで
やっていきます。
ゆきんこ
2006/07/22 14:59
入手したチラシのフリースクール「みらいの会」in京都をご紹介します。
ひきこもり治療の第1人者、精神科医の斉藤環先生の勉強会と個別相談が9月2日(土)にあります。
HP:http://mirainokai.sakura.ne.jp/
ゆきんこ
2006/07/23 22:06
確かにそうですね。私も忘れてた時期ありました。というか思い出さないようにしてた時期ですね。
でも、やはりシコリのようなものがあり、私もブログを始めました。

しかし、最近は成長したのでしょうか。あまり症状も無くなったからでしょうか。普通に、「中学生くらいまでは全然しゃべらんかったの〜」みたいに友達と話すことも増えました。もちろん、そういう話の流れからですよ!!やっぱ、本音を話すことは人間関係を深めることは大事だと思うので。信頼も生まれますしね。相手もどんな私も受け入れてくれるようになりました。

弥生桜さんの行動力は素晴らしいと思いました☆
もっと認知されるように行動していかなくてはなりませんよね。私も、卒論でこのことをやろうか・・・と悩んでいます。でも、あまり掘り返したくないような・・・そんな気持ちは確かにしてしまいます。
まゆみ
2006/07/24 22:53
ゆきんこさんへ
人は実はいやな思い出を忘れることができるから前向きに生きることができるのかもしれません。
それなのに、忘れていることをわざわざ引っ張り出すようなことを、軽々しくお願いしてはいけないのですね。
今回は全く自己中心的な考え方、ただ場面緘黙の実例を知りたいという思いだけで行動してしまいました。その影響と責任を考えもせずに。
ゆきんこさんと同じく僕も今後は自戒します。
口コミ作戦もよろしくお願いしますね。誰か興味をもってくれる先生が現れるかもしれません。

それと、「みらいの会」のご紹介ありがとうございました。HPを見ましたが、どうも緘黙児には向いてないような気がします。斉藤環先生というのは有名な先生なのですか?
弥生桜
2006/07/25 19:47
まゆみさんへ
まゆみさんはご友人にそんなに自由にカミングアウトされているのですか。羨ましいですね。
僕もせめて学生時代のうちに緘黙という言葉に出会いたかったです。
僕も一度だけ学生の頃に友達に話したことがあったなぁ。緘黙という言葉も知らなかったけど。高校のときこんなんやってんって言った。でもどうも相手は意味がわからなかったらしい。

卒論で場面緘黙をテーマにするのですか? それは自分自身の体験をもとにしてですか? それは論文という形にできるんでしょうか?? 掘り返したくないなら自分自身をテーマにしてやらない方がいいと思います。アンケート調査とか、欧米での動向とかそういうテーマでやってみるのはいかがですか?
弥生桜
2006/07/25 19:58
私も関西(奈良)の住むもうすぐ27になる♀です。

私はA子ちゃんの意見に近いかなぁ。
上の俊太さんの書き込みに私の意見させてもらうと、私は「一番の原因は親だなぁ!」って思うのです。

実は高校大学と、明らかに人とのコミュニケーション差しさわる・・という点で、私は自分と同じ‘ニオイ’を感じていただけでしたが……そんな級友に、何度か出会ったことがありました。多分、彼女達みな、小さい頃“緘黙”経験者じゃないのかなぁって、私は今思うのです。(私もそうでしたのでただのおとなしい子との違いは容易にわかります)

その子達の中には、親もその子の状態が場面緘黙だってきちんと分類されたものだということ、まったく知らないような親も(今思えば)いましたが、でも、そんな子に対して何らかの形で理解はしている…そんな親が多かったように思いました。
r
2006/07/29 11:31

対して、うちの親。うちは母親がとにかくうるさかった! うちの母親は外でばりばりのキャリアウーマンみたいな人間だったんだ。私が小さい頃から専業主婦ではなかった。そのため、普段一緒にいないからそんな私のことなどわからなかったみたい。目に余ったみたいでいつも批判されてた。

事あるごとに(私のしゃべらないことに対して)眉間にしわよせた顔でくどくど説教されていたのを覚えています。他人に、(私のことに対しては)なげく以外のことを、言っているの見たことがなかったです。高校ぐらいになっても(家で一人でいるのに対しての)両親からの言葉に、「私が友達作れないことへの嫌味」と受け取っていました。

だから、A子ちゃんの気持ちに近いかなぁ。

2006/07/29 11:31
そんな私ですが、ホームページを作ろうとはならないんです。親からずっと否定されてきたので今更「何だ・・」ってなるのかもしれません・・。とにかく、‘緘黙’だとわからされなさすぎ・・でしたね。
かといって、日常に何も差しさわりがないかというと、自分はA子さんほど今の生活を割り切って、楽しむこともできていないので、近いけれど、同じじゃありません。(そこが葛藤です)

私は皆さんとは逆で、外で、(もし求められればですが)緘黙の言葉は出さないですが、言っていこうと思っています。でないと一生、誰にも広まることはないですから。

では長文、失礼いたしました。

2006/07/29 12:03
「負けたらあかん!」って本読んだことありますか? あの本以前に読みました。今つくづく、「こんな本書けたのはきっとおかあさん……専業主婦?……そんな肝っ玉母さんの、あの子に対する思いやりがあったから書けたんだ…」ってすごく思います。うちの親なんか全然あぁじゃありませんでしたから。

大概の人は親にさえも無理解に苦しんでるんじゃないですか? だったらまったく、広めようとみなしないんじゃないでしょうか……?
私も、「私のアレ、緘黙症っていうんや…」とは今更、言えないです。私の過去を知ってる人たちに。
今更…って、感じですから。

だからもし働く職場で、過去の私のこと知った人に出会わないようにと、祈っています。
社会復帰が課題です。

2006/07/29 12:44
弥生桜さん

>僕も一度だけ学生の頃に友達に話したことがあったなぁ。緘黙という言葉も知らなかったけど。高校のときこんなんやってんって言った。でもどうも相手は意味がわからなかったらしい。

私も…同じ経験あります。(私がみなとうまく交わられない、なんでやねん…って責められた時に)「子供の時からぜんっぜん学校でしゃべられへんかってんや…」って人に言ったことがありました。
相手は、聞いてはくれましたが真意的には理解はできなかったと思います。(当たり前か……)
目に見えない、そのことを実際に経験したものでないと、きっと想像とか、できないんだろう。

2006/07/29 14:25
重複ですみません。

>pisuさんは今はもう緘黙の影響がほとんどなくて自由に生活してらっしゃるようですね。
僕は自分がそんな体験をしたことは夫婦同士では話すものだとばかり思っていました。だからちょっと驚きです。あ、お気を悪くされたらすみません。

人によりけり…ではないのでしょうか…。
私は、今お付き合いをしている恋人がいますが、彼には、(私と同じような内向的…で友達いない…タイプの人間なので)、私が過去に緘黙症だった…っていうのは、言ってます。
でも私本人じゃないので、すべてわかるわけじゃないですが、隠し事もなくてストレスはありません(笑)。

2006/07/29 14:39
rさん、はじめまして。
コメントたくさんくださってありがとうございます。うちのブログは500文字までしか一度にコメントできないから困るんですよ。

ただの大人しい子とは違うという人は僕の職場にも二人いますよ。だから、あなたも緘黙だったのかなんて聞いたことはないですが。
理解する気がないのはうちの親もそうでしたよ。そのためによけい心がすさみました。でもうちの場合はほっとかれるだけで、あなたのようにがみがみ言われたことはありません。幼い頃からそんなふうに扱われて辛かったでしょうね。

A子ちゃんは本当に完全に子供のうちに場面緘黙症が治癒した例ですね。そんな人たちは自分たちと似た匂いなんて全くしないんですよ、たぶん。
あなたがこんなコメントをくださるということは、あなたはやっぱり後遺症を引きずっている一人なんでしょう。
ところで、「緘黙」の言葉は出さないで言っていくというのはどういう意味なんでしょう。ただ喋れなかったと告白するということですか? そこまで言うんだったら、これって緘黙症って言うねんと言ったって同じ気がしますが… 
弥生桜
2006/07/29 21:07
rさんへ(続きです)

ところで、rさんはいつ自分が場面緘黙症だと知ったんでしょう。大人になってからですか?

「負けたらあかん」読みましたよ。読んで嫉妬にかられました。自分もこういうふうに克服したかったと思いました。親が常に子供の味方になって学校側の心無い態度に本気で怒る態度、それが麻里さんの人間に対する信頼感を育んだんだと思いました。親に理解してもらえなかった子は、緘黙そのものは脱しても社会恐怖症が強く残るんじゃないかな。
でも僕は、最近は言いやすい人には「俺って場面緘黙症って情緒障害やってん」ってカミングアウトするようにしてます。年取ったからかもしれませんけどね。僕があなたぐらいの時は言えなかったなあ。緘黙という言葉も知らなかったし。世の中で自分ひとりだけ変人なんやと思ってたから。
今の僕なら緘黙症のときの自分を知ってる人に出会ったら、「ごめん」て謝りたいです。僕の場合、逆にそのときの自分を知る人に会いたいです。昔は絶対会いたくなかったですけどね。

rさんは今、無職でいらっしゃるのですか? 社会復帰はたいへんでしょうが、焦らないで無理せずやってください。
弥生桜
2006/07/29 21:25
rさんへ(続きです)

他人にとって、場面緘黙児の心理は非常に理解しにくいそうです。それは精神科医から指摘されて初めてわかりました。他人には全くわけがわからんそうです。
だから僕は今緘黙で苦しんでいる子供のための代弁者にならなきゃと思っているんですよ。

恋人のの方には場面緘黙症のことを打ち明けているんですか。それはいいですね。結婚してらっしゃる僕の緘黙仲間(?)には家族に一度も場面緘黙症だったことを話したことがないっていう人ばかりですよ。それで平和に暮らしてるんだったら、それでいいんでしょうね。
でも中にはそれがストレスとなっている人もいるようです。何年もたってから打ち明けるのって難しそうですね。
始めて一年たってもまだ行き当たりばったりのブログですがこれからもよろしくお願いします。
弥生桜
2006/07/29 21:36
>A子ちゃんは本当に完全に子供のうちに場面緘黙症が治癒した例ですね。そんな人たちは自分たちと似た匂いなんて全くしないんですよ、たぶん。
>あなたがこんなコメントをくださるということは、あなたはやっぱり後遺症を引きずっている一人なんでしょう。

コメントありがとうございました。
私の場合、“全く”とも言い切れないように思うのです。
私は、どっちかっていうと、A子さん寄りなんです。
親のせい?もあって、半ば強制的に、でも緘黙状態はなく、特に日常を送る上では、全く支障はなくなりました。子供の頃がウソのようです。
あるとしたら、社会経験のなさすぎ、ガンコで協調性に欠ける…性格。私は、克服するとしたらむしろこっちで。

2006/07/29 22:49
>ところで、「緘黙」の言葉は出さないで言っていくというのはどういう意味なんでしょう。ただ喋れなかったと告白するということですか? そこまで言うんだったら、これって緘黙症って言うねんと言ったって同じ気がしますが…

でも最初は、そういう症状(?)なんて、みな知らないでしょう。事実、周りにいるフツーの人は、そんなのマッタクわからないでしょうし。
私の意見を言わせてもらうと、(厳しく言われていたからかもしれませんが)どうも緘黙症って言葉は、いくらでも「逃げ」の意味が、なきにしもあらず…だと、思うのです。本当に、外出ぎらいな私!! がんばらなきゃ、何にも変わらない。資格も何もなくて適応性も人並み以下だもの。
だから、私の場合、「緘黙」といってしまうと、(自分的にですが)逃げの言葉に使っちゃいけないと思って(いくらでも引き篭もりの‘原因探し’できますよね…)、自戒の意味で使わないでおこうと思っているのです。

だけど、黙ったまま押し殺して生きていたくない。
だって、命をあずかったんだもの。
だから、何らかの形で発信は(機会あればですが)していきたいと思ってます。

2006/07/29 23:04
>今の僕なら緘黙症のときの自分を知ってる人に出会ったら、「ごめん」て謝りたいです。僕の場合、逆にそのときの自分を知る人に会いたいです。昔は絶対会いたくなかったですけどね。

高校のときでしたか…弥生桜さんは。
私を始め、普通は物心付いたときからずっとひどい生活…ですよね。
もう会いたくない。そっとしておいて欲しいこれが本音です。今更「あの子場面緘黙やったんやて…」なんて、ひとの苦労も何一つわからない人に、軽々しく言われたくない。これが本音です。
私は、小さい時からだったんで、みんな容赦なかったです。ずっと下に見られていたんです。変なあだ名で勝手に呼ばれてました。当時はどうすることもできなかった。「会いたい」…なんて、思えるはずないじゃないですか…

2006/07/29 23:17
今日はたくさん書いてしまいました。
どこかに、出したかったのだろうと思います。
A子さん…自分と似たようなタイプの人です。気持ちわかるような気がします。
知人…といっても実際に会ったことはないですが…にも、過去に緘黙症だった人で、周りのそんな障害知らないような人間が、いくらそのこと後から聞き出そうとしても、「絶対に言わない」って、そんな知人も、知っています。あくまで話に聞いただけですが。

私と、似ている面があるように思いました。
今日は書き込みさせていただいてありがとうございました。

2006/07/30 00:30
「自分は緘黙症でした」って普通は言われないですよね。多分、子供の頃に、周りに理解をされないどころが、勝手な解釈、むしろ自己否定しかされないんです。それが、ずぅ〜っとだったんです。
高校ぐらいの頃も、(うちの親にはずっと変わらず…)嫌味のひとつも言われていたのがにがい経験ではあります。

家族に、ずっと「アカンアカン」って言われ続けてましたよ。だから、みなさんにずっと下に見られていましたよ。(親がなげくから)私はなまけものアカンタレなんやってずっとそう決め付けられてたましたよ。当時はどうすることもできない弱い子供だったけど、今思い出して、そんな奴に挨拶なんかしてやるもんかって思えるくらいに、やっとそこまで、(自分だけの力で)回復できたんです。私の味方は誰もいなかったから。

2006/07/30 13:54
今更、(私の過去を知っている人に)「私のあの症状は緘黙症」…なんて言いたくない。絶対に言うもんか!って…。特にさんざんいじめたりした、そんな近所のあの子なんかには…
誰一人として会いたいと思える人は、いないです。卒業アルバムも去年、処分しました。でも、だからすっきり…できました。だから今の私があるんだと思ってます。(捨てたから)ここまで回復できたんです。過去を消し去られたから。

今のそんな自分に私は一番満足なんです。少なくとも、あんなロウ人形のような、手足がかたまった状態での、必死に毎日を耐えていた日々なんかに比べると…

2006/07/30 13:54
たくさん書いてしまいました。
きっとA子さんと非常に近いものを感じたからだと思う。お陰ですっきりできたように思います。ありがとうございました。

2006/07/30 13:59
すみませんまた書きます。

>「私はそんな小さなときのことはすっかり忘れている。
>今は主婦として平々凡々な幸せな毎日を送っている。
>だから、昔のいやな思い出をわざわざ蒸し返したくない。
>そんなことを話すために、B先生とあんまり覚えてない弥生桜君なんかに会いたくない。」

きっと、A子ちゃんは緘黙に関しては、いい思い出はなかったんじゃないのかな…。あくまで推測ですが。がんばって、あるいは周りにその障害を‘理解’をされて、例えるのならば「負けたらあかん!」の麻利さんのお母さんのように、みんなで乗り越えてこられたら、…もしそんな対応を、当時の先生がとられていたら、A子ちゃんの今の気持ちも、またちがったふうになっていたんじゃないのかな…。

2006/07/30 16:13
A子ちゃんは「忘れよう」としているのかもしれませんね。私も似たような気持ちですよ。「負けたらあかん!」読んで、ほんとに嫉妬しました。あの本だけじゃない。親が理解ちゃんと示してくれた…そんな人ってものに、私はすごく嫉妬をしてしまうんです。

今でも、ガッコウのことテレビで映してる番組(障害あるけどみんなに理解て…とか、学校のことを映した番組は)、キライで見たくないんです。ガマンできないんです。
傷は大きいのかも。

自分を大切にしたいんです。小さい頃そうじゃなかった分。A子さんもそうなんじゃないかな…(どうかはわかりませんが)。
だけど過去は変わんないんです。私が周りに愛されなかったって、いうことは。
だからそんなこれからの自分のために、ここに書かせてもらいました。どうもありがとうございました。

2006/07/30 16:33
すみませんがまた書かせてもらいます。m(__)m

>それで、2年生のときの担任のC先生が非常に熱心にA子ちゃんに関わってくださったそうだ。

でも、今のA子ちゃんはあそこまで過去のこと話すの、嫌がってるんでしょう。
今ふと思ったんですが、(緘黙児にとって)熱心イコールよい指導…とは限りませんよね?

私も、小学校の頃、近所の外交的な同級生に担任が命じたみたいで、“発声練習”なんてさせられたことありましたよ。「あいうえおって言い」って言われ後について言わされた(屈辱…)。それが終わるとかきくけこ、さしすせそ…ってひたすら続く。
完全に、彼女がリーダーにぎっていました。

私は今思います。“熱心だった”って言われる担任ほど、ダイキライな人間はいなかったって……

2006/07/30 23:53
>このようにあからさまに不愉快な気持ちを表して断られた。
>僕はすっかり自分が勘違いをしていたことに気がついた。
>
>子供の頃に完全に場面緘黙症が治癒した人は、自分のつらかった記憶など日常の中で全く思い出さないのだ。

「思い出さない」のではなく、「思い出さないようにしてる」のかもしれませんし。
もう、思い出さないことで均衡を保ってるのかもしれませんよ…。私も、それに近いとこありますし。
これからそう思ってガンバラなきゃなって、今思っています…
もう、過去なんて捨てなきゃな、って……

2006/07/31 00:14
>ところが、本当に完全に治癒した元緘黙児という人々は、そんな苦しかったときのことなど全く意識することなくふつうに生活している。
>そしてあの頃のことを聞こうとすると、なんでわざわざそんなこと思い出させようとするんだと怒る。
>つまり、元緘黙児自身が場面緘黙を問題視していないのだ。

う〜んちょっと理解に苦しみますが…。上で書いた通りなんですが。A子さんは「ふつうに生活してる」のではなく、「そうしようと努めている」のかもしれませんし。

スミマセン。批判的なことばっかり書いてしまいました。自分の考えも、伝えられればと思って…

2006/07/31 00:14
>完全に緘黙が治った人は、緘黙について思い出して話す気持ちなどない。

私も、緘黙について思い出して話そうという気持ちにはなれないですね。(自然に)「治った」のなら話そうかという気持ちにもなれますが、(半ば無理に)「治さされた=矯正された」んですから。

もう言いたくないのがふつうでしょう…

2006/07/31 00:22
また書きます。「吐き出させ」てください。

>ところで、「緘黙」の言葉は出さないで言っていくというのはどういう意味なんでしょう。ただ喋れなかったと告白するということですか? そこまで言うんだったら、これって緘黙症って言うねんと言ったって同じ気がしますが…

でも、(何もわからない人には)どうしても‘怠け’ってとらえられがちでしょう。私の場合、今は話せなくてどうのこうの…ではなく、周りに合わせていけない、ガンコで… 困り者(^^;)…そっちの問題ですが(>_<)。
フツーはそんなことわかりませんもんね。だから変なの…ってなる。ひとに、どうしてもなじめませんもの。
だから、(負けるもんか…ってことで)緘黙…をそういうことのいいわけに、私の場合使っちゃいけないと思ってるんで(使ってしまったらもう終わりですから)、その意味で緘黙…とは、名乗りたくないんです。
私が社会で働くには、いいわけをなくすことが一大事なんです。そうしないと、何もできないんです。
r
2006/07/31 14:26
それに、私と緘黙症は同義ではないです。子供の頃はそれで悩んでもいましたけど、でも、もう過去なんです。わからないひとにはきっとわからないでしょう。だから、積極的に言おうとはしません。ですが、押し黙ったまま生きていくことだけは避けたい。でなきゃ苦しんだ意味ないもん。今の私はこんな感じだと思います。長々と、失礼いたしました。

2006/07/31 14:30
いや、ほんとに長々とコメントいただきました。
rさんのような方は初めてです。
よほど胸につかえていたものがあったのでしょうね。

A子ちゃんは、当時の様子では矯正されたりしたのではなく、いい友達に恵まれて自然に治っていったそうですよ。
5,6年生の時も同級生でしたが、完全に普通の子でしたし、彼女は大学を卒業してからどうされたと思います?
「学校の先生」になったんですよ。

あなたのコメントを拝見するかぎり、A子ちゃんとrさんはだいぶ違います。
あなたにはまだまだ胸につかえていることがたくさんあって、今それを一生懸命吐き出して昇華していこうとなさっている途上のように思えます。
いつかあなたが心安らかに過去を振り返ることができる日が来ることをお祈りしています。
僕のブログでよければいくらでもコメントください。
弥生桜
2006/07/31 20:53
そうですか。A子ちゃんの言った言葉を聞いて自分に似ているとすごく思ったんで感情が沸き起こってきていろいろ書いてしまいました。
A子ちゃんと私がだいぶちがってるのかどうかは、私は実際に会ったわけではないので、なんともいえません。ただ、自分と似てるように思ったのでいろいろと書いてしまいました。長々とスミマセンでした。もう書きません。お騒がせをいたしました。
r
2006/07/31 22:32
僕もA子ちゃんに会えたわけじゃないから、本当の気持ちは知りません。
でも、学校の先生にまでなったなんて、過去の心の傷なんてほとんど影響なく成長したんだと思いますよ。だからA子ちゃんは「完全に治癒した緘黙児」と言ったんですよ。
rさんがいろいろ書いてくれたおかげで、僕にはわからない、幼い頃からの緘黙症の思い出というものが人によってどんなに辛いものかよくわかりました。
僕はますます今緘黙症を理解してもらえずにで苦しんでいる子ども達のための代弁者になってあげなきゃいけないなぁと痛感しました。
ご存知かもしれませんが、富氏さんという方の「場面緘黙Journal」というブログを訪問して身でください。そこから場面緘黙症専用の掲示板に入れるので一度覗いてみてはいかがですか?
弥生桜
2006/08/01 20:42

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