ほんとうは暖かい光が好き 〜場面緘黙症との闘い

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zoom RSS 緘黙の自分

<<   作成日時 : 2005/12/19 22:40   >>

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今日は職場の新人さんの歓迎会があった。
こんな場で、自分に残っている場面緘黙の面が最大に出てしまう。

やっぱり今日も自分から発話することはできず。
頷いて話を聞いてるだけ。
会話の輪に入れない。
心の中では話しかける言葉がいろいろと浮かんではいるのだけど。

前に比べれば緊張感はなくなってきてるとは思うけど、まだまだ人並みにリラックスして軽く話しができない。
大勢でわいわいとやるどうでもいい会話というものに入っていけない。
心に敷居を作って、自分だけその内側だか外側だかに一人だけいるような気がしてしまう。

もうこの歳になってから二人目の自分を追い出すことはできないんだろうな・・・

それでも、この頃は、無理せずありのままの自分を受け入れるように心がけているから、それほど辛い気分にはならなかった。
これがありのままの自分なんだから、こんな自分を受け容れて優しい気持ちでいたい・・・

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
 お久しぶりです。
 二人目の自分…無理に排除する必要はないと思います。勝ってな意見ですが…。
 私にも長い間居座っている何人かの自分が居ます。そして時に自分の首を絞める事をされてしまう…
 つくり笑顔で私の気持の上では成し得ない事を口にし、葛藤の日々を送るんです。
 けれど、中には私の考えを巧くまとめて語りあげる自分も居て、自身をを省みる時や、苦しむ事になる余計な事は言わない様にしようとか、自分をセーブするのには役立ちます。
 とか言う事も誰が言っているのやら…
 何を言いたいのかわかりませんね…だけど、どれも自分である事には変わりないのだから、何とか巧く付き合っていかなければと…。
 コメントするつもりが、自分への言葉になってしまいました。ごめんなさい。ゆっくりと!いきましょう。
気まぐれな猫
2005/12/20 04:24
気まぐれな猫さん、コメントありがとうございます。

実のところ、最近までは二人目の自分がいやでしょうがないので、一生懸命排除しようとしてました。表の顔を一生懸命作ろうとしてたんですよ。
でも、結局そんな努力をする力が尽きて、この頃では二人目の自分は出放題出ています。それでしょうがないよ、それが自分なんだから、といまは受け容れようと思っています。

気まぐれな猫さんも同じような気持ちを持ってらっしゃるんですね。共感してもらえてなんだかほっとしました。
本当に自分とうまく付き合っていきたいです。
お互いゆっくりと!いきましょうね。
弥生桜
2005/12/20 22:45
 人は多かれ少なかれ、無意識のうちに色んな場面で自分を使い分けているものらしいです。
 ただ、時々思いもよらない自分が出てしまい、何故あの時あんな事を言ったんだろうと後悔したり、また、新たな自分の発見となったりするものなんだそうです。
 でも、いつもと違う自分に翻弄されるのは本意ではないし、まして支配されるとなると収拾がつかなくなりますよね。それでも、自分であることには違いないのだから、ほんと、巧くコントロールする術を持って付き合っていくしかないんですよね。
 人間という生き物はややこしくて、不思議な生き物です。
気まぐれな猫
2005/12/21 01:06
弥生桜さん、こんにちは。
人の集まりでなかなか自分を出せないでいる感じ…とってもよく判ります。
みんなの近くに居てもなんだか腰も落ち着かず自分の存在が消えているような気がしてならないんですよね。。
だからよけい気が張り詰めてしまい、言いたい事も言えず一人焦る気持ち…性分とはいえ辛いものです。
これに恐れて益々人の集まりには遠のいてしまい孤独を選んでしまう。
今の、今までの私がまさにそれです。
本当は「慣れ」るために恐れずにどんどん参加しなくてはいけないんでしょうけど…
私の場合、そういう時は自分が浮いているという事ばかりに気が向いてしまい、実は人の話を聞いていない事が多い(苦)んです。まずはリラックスして聞き上手になろうと努めてみようと思ってはいるんですけどね…
言うは易しだなぁ…
なんかまとまらなくて、ごめんなさい。

負け犬女
2005/12/21 16:23
気まぐれな猫さんへ

人間は本当に不思議な生き物ですよね。
どうしてこうなりたいと思う自分になれないのだろう。
ままにならない自分に翻弄されて後悔ばかりしてます。
でも、そんな自分のいろんな面を受け容れないと、自分を痛めつけるだけで、心根から変われないものだなぁとこの頃感じています。
いつもコメントありがとうございます。
弥生桜
2005/12/21 21:34
負け犬女さんへ

僕もせめて話はよく聞こうとしてるつもりなんですけど、自分が浮いてることに気が向いて、いつの間にか人の話が耳に入ってないことあります。それで急に話しを振られて、「えっ何の話してたの?」となって、よけい浮いてることを実感してしまう(苦)
本当に心まで閉ざしていた緘黙の真っ只中の頃に比べればずいぶん変わったものですが、どうしても自分から勝手に輪からはずれてしまう癖は治りません。なにかその場にいられない気がしてしまうのです。
そんな心の奥深い感じ方まで変えられないと、緘黙が治ったなんていつまでも言えないです…あーまだまだ辛いですよ。
コメントありがとうございました。
弥生桜
2005/12/21 22:00
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