僕はどんなに一生懸命やっても、
もう治るのは手遅れかもしれない。
でも、同じ思いをする人をもうこれ以上増やしたくない。
せめて学生のうちに場面緘黙症を知ることができていたら…
緘黙症とその後遺症だけでなく、
この世にこんな人間は自分しかいないという孤立感が加わっていたためにさらに辛さが増していた。
いつも人に対して秘密を隠し持っているような気持ち。
喉元まで「実は僕はこんなことがあったんだよ!」と出かかっているのに、
それを抑え留めて、結果的に緘黙症と同じような態度になっていた。
せめて、学生時代に誰かが君は場面緘黙症だったようだねと教えてくれていたら・・・
大学のカウンセリング室の先生も精神科医も知らなかった。
高校時代の話は何度もしたはずだ。
知っていれば、一度話を聞けば、あ、場面緘黙症だとわかったはずだ。
先生方にはお世話になったが、本当のことを言うと、いつも消化不良を起こしているみたいな気持ちだった。
高二のとき不登校する直前に通わされた公衆衛生所の先生は児童生徒専門の相談員だったと思うが、僕の様子を聞いて場面緘黙症だと理解できなかったのはなぜだろう。
どうして仮面うつ病などと親に告げたのだろう。
僕は学生時代、どうしようもない状態を脱出しようといろんなことをやったが、
今思えば、的外れなことばっかりやっていた。
変な思想団体の合宿に行ったり、
摂食障害者の自助グループに出たり...
なにやってんねん、俺は...
場面緘黙症って昔から知ってる人は知ってるんじゃないか。
どうして当事者の自分が30過ぎてから初めて知らないといけないんだ?
それも古本屋で立ち読みしてて偶然。
あの本屋で立ち読みしてなかったら今でも知らないよ。
僕は高校の時自閉症と思われていたらしい。
なんで自閉症なんだ?
どうして自閉症は誰でも知ってるんだ?
発症人口はどっちも同じぐらいだよ。
自閉症の子どもと同じぐらい緘黙症の子どもはいるんだよ。
テレビでは自閉症児の特集を何回も見た。
けれども、場面緘黙児の話なんて見たことない。
どこかの誰かが場面緘黙症をほったらかしにしている。
知っているのに机の引き出しにしまっている人がいる。
場面緘黙症の知識を普及させるには、その引き出しを開けさせて机の上に広げさせないといけない。
それには社会人としての知恵を要求されるだろう。
僕はもっと勉強して役に立てるようになりたい。
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